山の田んぼ追想母は農家の出身でした。農家が嫌いでサラリーマンの父と結婚し、田んぼと縁を切ったかにみえましたが、終戦を迎え、米作りをやる羽目になりました。我が家は5反の田んぼがありました。家の周りは1反、山の田んぼは4反ありました。西方と呼んでいた山の田んぼが2.5反、奥と呼ばれた山の田んぼは1.5反でした。
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山の田んぼ追想 |
山の田んぼイメージ画像右側は山の田んぼ西方、左側は山の田んぼ奥を表しています。何れも棚田であり最上位には池があります。現在はどちらの田んぼもA,B地点で前進できない状態です
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| 山の田んぼ追想西方の部 |
| 山の田んぼ西方に行く道その1 |
| 山の田んぼ西方に行く道その2 | 000「山の田んぼ追想」雑感PDF |
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*山の田んぼ西方に行くにはある地区の道を通り、最後の民家の側を最後に小さな川沿いの道を登って行きます
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*6月になると田植えが始まります。まず父が苗床を5月連休前に作ります。苗床の水は山の田んぼ最上位にある池から引き込みます。池の栓を抜き、池から水を抜き取ります。山の田んぼは棚田であり、最上位に、必ず池があります。先人は、棚田を石垣で作り、池まで作っていたのです。米作りの執念は並のものではなかった証です。苗床で苗が育ってきたら、田植えの時期になります
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*秋になると稲刈りが始まります。刈り取った稲は天日干しするために、竹竿に掛け、20日くらい時間を掛けます。乾燥すると、脱穀が始まります
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山の田んぼ西方に行く道 山の田んぼ西方に行く道 山の田んぼ西方に行く道3 |
山の田んぼ西方に行く道その2 |
山の田んぼ西方に行く道の突き当たりから帰りまでの動画を特集しました |
「山の田んぼ追想」雑感PDF |
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